国立霞ヶ丘競技場 

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 小春日和のようなうららかな春(ヘンな日本語)のみどりの日、久しぶりに国立へ行ってきた。満員の国立は、くだらないスポンサーブースも目立たず、気負いもせず、と言って長居のような傍若無人でもなく悠然と僕らを迎えてくれた。それにしても国立は老いた。席は横幅も前列との間隔も狭い、カップホルダーはない、そして大型掲示板はひとつ。とても当たり前のことなんだが、最近完成したスタジアムと比較すると、その設備の不充実さは目をおおうばかりだ。
 ただここはやっぱし国立。全体がかもし出す雰囲気は、どこのスタジアムにも負けていない。だから決してダサイとは思わない、そんな複雑な気持ちだった。

 ところでゲームも小春日和のようにヌルかった。今更、柳沢の右サイドもないだろうし、俊輔のトップ下もおかしい。まるでトルシエはポーランド戦の快勝後にヘンなゲームをして自分自身の立場が危うくならないように、自分保全の「言い訳」ばかりを考えているみたいだ。でも、それ以上にヌルいのはサポーター連中。日本代表戦って、いつからあんなにアイドルのコンサート会場のようになってしまったのだろう。いいや、まだスマップのコンサートだったらオヤジはいないからまだマシ。こっちは、一見のオヤジやばばあまでが、スマップもとい日本代表を「見学」に来ている。まるで花見か遠足、この日の天気のようなのんびりした雰囲気が、真剣勝負を1ケ月後に控える代表の観戦者であってよいのだろうか?

 僕はこのヌルいゲームを観ながら、こりゃJリーグのほうが面白いや、と思ってしまった。Jの自由席はそれなりにサッカーを知っている人が観戦している、それにチームへの愛も強い。要するに物見遊山的観客は圧倒的に少ない。さらに最も大事なこと、ゲーム自体も下手なら下手なりに言い訳のきかない状態で真剣に行っている。あのウズベキスタン戦やジョホールバルの一体となった緊張感はどこへ行ってしまったのだろう。

 ワールドカップが1ケ月後にやってくる。いろんな問題を抱えた大会ではあるが、何とか事故のない(もしくは少ない)円滑な運営はできるだろう。しかし、この観客のヌルさは当然本大会でも継続するはず。それが、世紀の祭典を開催する国民として、世界のサポーターを迎える態度であるとしたら結構悲しい。何もサッカー初心者を排除しようとしているわけではない。サッカー初心者が大多数を占める国でワールドカップを開催するということが、どれほど世界に対して失礼なことなのかを要人の誰もが考えていないことが悲しいのである。以上、単なる泣き言でした。

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