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 6月24日 愛しきサポーター達その2
 「あるイングランドの苦虫オヤジ」
 

 

 

そのオヤジは苦虫をつぶしたような顔で僕たちをみていた。

 僕らはホームの劇的な勝利の余韻にひたった後、ホテルそばの「なじみ」のレストラン(2日連続で行ってオヤジと仲良くなった)に繰り出した。

 その店には、シアラー時代のアウェイユニを着た中年の紳士と02年ホームユニを着たご婦人のカップルが先約で食事をしていた。

 僕らは余韻にひたりながら、そしてやや興奮しながら様々な話を、そしてたまには大きな声で笑いながら食事を楽しんでいた。そんな時、僕はシアラーが苦虫をつぶした顔でこちらを見ているのに気が付いたのである。

 たしかに、あのゲームでイングランド人だったらショックはでかいだろう。そしてわけのわからない東洋人が騒いでいたら気分は悪いだろう。しかし、そんなことはよくある光景で、しかも僕らは常識を逸脱していたわけではない。よって、試合後のよくある風景としてあまり気にとめていなかった。そして店はもうすぐ閉店となる深夜2時頃のことだった。 苦虫オヤジはともかくご婦人の方が僕らにとても話かけたがっているが、同時にダンナに遠慮して話かけられないような雰囲気があった。思わず、ウチのおくさんがご婦人に声をかける。

 「今日はバッドラックでしたね。でもイングランドのサッカーはスーパーでしたよ。」
 「そうね。でも主人はショックが大きいみたい。私はアメリカ人なので、大丈夫なんだけど。」
 そんな話をしていても、苦虫オヤジは話に加わるどころかこちらも見ずにポルトガル人となにやら話し込んでいた。ご婦人はそんな苦虫オヤジの態度に対して僕らに気を使ったように小さな声でつぶやいた。
 「でも主人は日本が大好きなのよ・・・・。」

 その一言が何故か僕の心の琴線を大きく刺激した。僕はためらわず苦虫オヤジに声をかける。
 「ヘイ、ミスター。ナイスゲーム。イングランドは最高だったよ。ルーニーのケガさえなければ勝っていたよ。気を落とすなよ。」
 苦虫オヤジが口を開く。
 「オレはサッポロに行った。アルゼンチンに勝った。日本人はみんな親切だった。オレは日本が好きになった。」
 話したことの半分も理解できていないかも知れないが、彼はそんなことをまるで少しうるんだ目をしながら堰を切ったような早口で話し始めた。

 多分こんなことなんだろう。
 サッポロでは日本人はみんなイングランドファンだった。みんなやさしかった。なのに、こんなところで会った日本人たちは何でポルトガルの衣装を着てはしゃいでいるんだ。あの日本での歓迎は嘘だったのか、と。

 確かにあの時の日本は札幌はイングランドを大歓迎しているようにみえたと思う。今回のeuroでも、いやおそらく欧州のすべてのスタジアムで他国のユニを着ているサポーターというのは多分東洋人しかいない。それに慣れている苦虫オヤジとしてみれば、極東の異国で自国のユニを着て歓待してくれる開催国民をみて、とてもうれしく思ったに違いない。日本語に不自由な彼としては、そのイングランドユニを着用した大多数の日本人がにわかミーハーで、大分に行けばイングランドではなくイタリアユニの日本人がわんさかいたことになんて絶対に気がついていないだろう。純粋に日本にはイングランドファンが多いと思ったのだろう。
 
 その後、札幌のアルゼンチン戦、静岡のブラジル戦について話す彼の真剣さに僕は心を打たれ始め、逆にその話を聞きながらオーウェンやシーマンのプレーに関しときおり合いの手を入れる僕のサッカーをバカしていない態度が彼に共感を与え始め、最後に、
「2006年にドイツで会おうぜ。」と固い握手をして彼らと別れた。ドイツでは日本が勝つぜ、と言ったら彼は少し微笑んでいただけだったが・・・。

 
 レストランからの帰り道、僕は苦虫オヤジの潤んだ目を思い出しながら、あのオヤジを裏切ってしまったようなさみしい感覚にとらわれた。しかし、僕がもしここでイングランドのユニを着ていたとすれば、それは開催国に対し失礼であると同時にかなり滑稽な姿であったと思う。どうしたらいいのだろう。その答えは出ていない。ただひとつだけ言えること。まず僕らはあくまで第3者なんだ。対戦両国に、両国のサポーターにリスペクトを所持することを忘れては絶対にいけない。その上で、このお祭りに積極的に参加して思い切り楽しみたい、と思う。

 ただ僕の語学力不足もあるが、あの場で「あの時のイングランドユニ日本人は別にイングランドが好きなわけじゃないんだぜ。フットボールを知らない連中が大半なんだぜ。」とは、どうしても言えなかった。言えなかったことが、さみしさを倍加させ、また言わなかったことで彼の妄想を維持できたことに少しの安堵感を持った帰り道であった。

 

   

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