カントクの寝言  road to germany 第9章「拷問」 (2005.3.31)
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 オイラは日本代表が好きだ。好きを表現する方法は様々であろうが、好き度合いは誰にも負けないとまでは言わなくとも、かなりの人に負けない自負はある。だから当然日本代表のゲームは楽しみだ。しかし、ジーコ就任以来日本代表のゲームに出向くことが辛くなってしまった。行きたくないわけではない、必ず行く。しかしその行程には苦痛が伴うのだ。

 その理由はふたつあり、ひとつはサイスタという立地。はじめてのサイスタだったイタリア戦と比較し、埼玉低速鉄道も学習能力のない浦和美園駅員の低脳さも相変わらずではあるが、それでも自分の努力により当初と比較するとこの立地攻略は大幅に改善された。問題はふたつめ、すなわち”じーこじゃぱん”なのである。あの山本でさえ五輪予選の最終UAE戦は安心して楽しめたのに、どうしてフル代表は1度としてオイラたちに「安心」を提供してくれないのだろう。たしかに97年のフランス予選も痺れたことは事実であり、その本番たる痺れを回顧するのもうなずけるが、それはやはり予選が終了しジョホールバルでの歓喜があったからこそ言える贅沢な回顧であり、進行中においてはできることならば安心して楽しめるゲームになるに越したことはない。

 さて昨晩のゲームを少し振り返る。バーレーンは5バックあるいは6バックで中央を固め、ペナエリア内に侵入するボールを人数と高さの壁で跳ね返す、あきらかに0−0狙いのゲームプランニングだった。この手法は五輪予選でU23日本代表が敗れたゲームと全く同じであり、何となくイヤな予感を漂わせた。その予感は代表チームも察知していたようで、バーレーンのカウンターを警戒し3バックがやや引き気味のシステムとなり、逆に前掛気味のボランチとの間にスペースができてしまった。ただ、これは決定的に悪い傾向ではなく、そのエリアをバーレーンにつかれることはなく、ポゼッションは明らかに日本優位であった。

 しかし崩せない。常にボール所持者に2〜3人のマーク(プレス)が付く。そしてゴール前も固められているため、有益な攻撃にならない。このような時はワンツーが有効なのだが、パスの出し手は出したまま、受け手は受けた後次の出し場所を探している状態で、流れるようなダイレクトパスは皆無。ポジションのブレイクスルーも見られない、そしてゲームは硬直していく。前半0−0で終了。

 ただ、バーレーンもここまで”専守”であると、ボール位置が常に自陣というプレッシャーの中でDF陣が精神的に疲労する。そして必ず90分の中で綻びが出る、と思っていた。が、これも評論家としてならば落ち着いて見ていられるが、ともかく勝たなくてはならないゲームが、多分とれるだろうと思いながらも実際のゲームは0−0で進行している時間、それはまさに拷問であった。

 先日の北朝鮮戦での1−1の時間帯、そして昨晩の多くの0−0の時間帯、オイラはカラダが傍目からもわかるくらいガタガタと震えていた。昨晩ハーフタイムの時間帯と1−0以降に震えが止まったことからも、その震えは寒さが原因でないことだけは確かなようだ。今のオイラの素直な気持ちは、次回の震えが6月まで来ないことへの安堵感である。代表が好きなのに代表の試合のないことへの安堵感である。一体、この気持ちは何なのか。

 ジーコさん、頼むから6月で決めて楽しいコンフェデにしましょうよ、お願いしますよ。 
 

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