カントクの寝言  road to germany 第11章「その瞬間」 (2005.6.9)
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 その瞬間を僕はサッカー仲間が開催した応援イベント会場である渋谷のクラブで迎えた。引分けでもかまわないシュチエーション、安定したゲーム展開、たしかに柳沢のゴールの瞬間は沸点近くまで高まったが、その瞬間はとても落ち着いた感情だった。
 たしかに1試合1試合を振り返れば、久保のロスタイムゴールに始まり苦しいゲームの連続だった。さらにキリンカップでの不甲斐なさが不安を増長した。しかし、結果としては1試合を残した段階での突破。すなわちラクショーな予選であったわけだ。その状況が僕を落ち着かせたのかも知れない。

 喜びはジワジワと沸きあがってきた。地元門仲に戻り、代表ユニを着続けていたトモコさんが酔っ払いにハイタッチされ、すし屋で板さんに祝福されたあたりから、なんとも表現できない瞬間的でない喜びが心を征服し始めたのだ。その喜びはその後訪ねたおぢさん家でも、帰宅して深夜のTVを見ていた時も、そして今でも継続している。しかし、この今までにない喜びの感覚は一体何なのだろうか、どうも理由は2つある気がするのだ。

 ひとつはアジア4.5枠という甘いレギュレーション。もしもこれが3もしくは3.5枠だったとしたら、8月17日はまさに決戦になるわけである。また、もしそこで出場権獲得に失敗した場合には、最後の1枠をかけた日韓戦という状況も充分考えられるわけで、それを想像するだけで気持ちが悪くなる。が、冷静に思えば、その程度の気持ちの悪い毎日が継続するのが、本来の予選なんではなかろうか。いや、もちろんラクショーの方が良いに決まっていますがね。

 ふたつめ、それはやはり決定の現場にいることが出来なかったことだ。FIFAの裁定は冷静に考えれば正しかったと思う。しかしながら、北朝鮮への制裁であるこの措置が結果として日本サポーターをも締め出すこととなったのは、今更ながら残念で仕方がない。北の関係者は「平壌でやったら違う結果になった。」等、ほざいているようだが、オマエらの蛮行が、どんなに短いスパンでも4年に1回しかない「喜び」を日本選手と日本サポーターから奪ったのだ。確かに場所が変われば違った結果になっていたかも知れない。しかし、そんな自分本位な感想を垂れ流す以前に、喜びを奪った事実を謝罪すべきだ。とは言え、そんなことを考えられるほどの文化のない貧相な国民だから仕方がないかも知れないが。ともかく、安英学と李漢宰は一刻も早く「帰国」しろ。あんなバカな国民と一緒にいると君たちの純な心までが腐ってしまうような気がする。

 ともあれ、ワールドカップ出場は素直に喜びたい。また8年前とは全く異なった今の自身の気持ちは、日本サッカーの成長の証と思いたい。さてオーストラリアも参加する4年後の予選、僕はどこでどんな気持ちで「その瞬間」を迎えているのだろうか。 

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