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 6月27日 
 「そしてまた4年後に」
 
ケルン大聖堂 登っていないから
知らない
お世話になったホテル
初日に日の丸がないのにいやな
予感はしたのだが・・・
で、窓から日の丸とアレ
最終日も会いました
カメラと他国シャツ
典型的アホ日本人 消えろ!!
1等車のゴハン to Paris

 

 

 

 

◇サヨナラ Cologne

 いよいよ今日はW杯最終日。トモコさんたち3人はケルン大聖堂や最後のお買い物、モノグサtommyはお昼まで熟睡と別々の午前中をすごし、12:14のタリスで我々3人はparisへ、つきちゃんはその直後友人のいるHamburgへとむかう。んじゃ、最後に茶でもしばくか!と中央駅前のcafeでまったりしていたら、宇都宮さんがいた。結局、ドイツ入りした日とドイツ最後の日にばったり会ったわけだ。やっぱし、赤い糸なんだろうか?氏はまだまだドイツ取材が続く、まずはご自愛を、と告げて別れる。parisまでのタリスは行きは予約満員で乗れなかった1等車。これってメシまで付くのね、知らなかった。と言うわけで、予想外の快適さでシャルル・ド・ゴール空港へ、そして飛行機に乗ったら、また熟睡で気が付いたら成田だった。日本は暑かった。そして、また日常が繰り返されるのである。

◇W杯での発見

 先達に比較すれば、まだまだひよこかも知れないが、オイラも「海外観戦」数はそこそこなものになった。中には、セリエやユーロのように、そもそも日本代表が関連しない旅行もあったが、フランス、シドニー、そして1泊の中東や韓国で日本代表をキーに旅程を立てた際には、必ず「最初」と「最後」は日本代表だった。が、今回は異なった。確かにシゴトの都合上、オーストラリア、クロアチア戦は不可能であったのだが、ブラジル戦が最初で、あわよくばR16で代表を見れる、言い換えれば1次リーグ突破をすれば見れるという、ちょっと高慢な行程を組んだのだ。そして結果として我が代表はあっけなく我が行程の2日目でドイツを去ることとなった。残されたオイラは・・・。この「残された」ことこそが、今回観戦の初体験であったのだ。

 結果は・・・、無論多少の寂しさもあったが、結構楽しかった。これは、おそらくオイラ自身が日本代表がW杯に出場することだけで満足しているからなのだと思う。2002年日本代表はBEST16を果たした、その経験を積んだ世代がドイツに来た、カントクも02年と比較すれば、その知名度は雲泥の差、当然オイラたちは「期待」した。バカマスコミのように「ベスト4」とかは、さすがに恥ずかしくて言えなかったが、1次リーグは突破して欲しい、いや突破するだろうと期待した。それだけに、オーストラリア戦の逆転負けはショックだったし、クロアチア戦の柳沢には唖然呆然だったし、無抵抗のブラジル戦は悲しくなった。

 でも、でもである、実はオイラは代表のいなくなった後のドイツもそこそこ楽しかった。いや、かなり楽しかった。これは、上記を期待はしていたが、祈ってはいなかったという証なんだと感じる。やはり、出るだけで「も」満足だったのだと感じる。冷静に考えると、そりゃそうだ、となる。先ごろ発表されたFIFAランク49位の国が、必ずベスト16に残ると思うほうがまちがいなのだ。何も、卑下しているわけじゃない、卑屈になっているわけじゃない、でもそれが「本当」の実力なんだと思う。

◇そして次のW杯では

 まずアジア予選はかなり厳しくなるだろう。しかし、たかがアジア、相対的に言えばFIFAランクの低い国の集合体であり、その出場枠がいくつに減ったとしても、日本が勝ち抜く可能性は高い。そして目的である本大会出場は必達して欲しい。そのためにオイラはどこへでも行く。これらは決して「お祭り」なんかじゃなく「戦い」。だから奇抜な格好やフェイスペイントなんてご法度。フランス予選突破のあのユニで気合を入れてサポートする。

 そしてもし本大会に出場したら・・・。今度はやはり1次リーグを中心に観戦するだろう。繰り返すが、もし1次リーグで日本が敗退してもオイラは大きなショックは受けないと思う。しかし、もしR16を中心に観戦するとしたら、日本を含む含まないに関わらず、その時点で1/2の国が消えている、つまり1/2のサポーターがいなくなっているわけだ。これがかなり寂しい。やはりいろんな国のサポーターと遊びたい。それがW杯の最大の楽しみだと思う。だから、どんな国のサポーター達もが、まだ希望を持っている時点で、そのクニのそのマチの非日常に、世界のサポーター達と一緒に浸りたい。

 でも、南アフリカはいやだなぁ・・・・・。なんとかなんないのかなぁ・・・・・。

◇旅の終わりに

 2002年、オイラたちは自国開催W杯を盛り上げるため様々な活動を実践した。その最大のポリシーは海外からの来訪者に対するホスピタリティだった。彼らは通常時に来日する普通の観光客ではない、フットボールを観戦、自国のチームを応援するためにやってくる。チケットのない奴もいるだろう、普通のホテルに宿泊できない奴もいるだろう。そう思ったオイラ達のホスピタリティ具現化は、「サポータービレッジ」(当時の名称)建設だった。全てのヴェニューに、大型画面、簡単な食事があり、チケットがないサポーターもそこで観戦することができる、そして各国のサポーター同士が交流できる、そんな場所を作りたいと真剣に考え、各行政、広告代理店、新聞社等と折衝を繰り返した。

 結果として、キルヒやISLそして電通らが原因となった例の「放映権」問題で、上記企画は大部分がボツになった。(それでも「やってくれた」1部行政及び地域ボランティアの方々には感謝してもしきれないが)

 が、2006年ドイツでは、まさにコンセプトがオイラのイメージであった「ファンフェスタ」が各都市で開催された。ここでは放映権について、もしくはW杯トレードマーク権利について詳しく述べる気はないが、これらは当然W杯という大会に莫大な協賛金を支払っている(もしくは権利を買っている)企業のためにある。そして企業は当然利益を確保しなくてはいけない、だからなんらかの形態で独自の利権を所持しようとする。そんなことは当たり前、それを商業主義とか言って、もっと庶民のためになんて青臭いことを言うつもりはない。ただ、2002年に権利を「囲って」しまった皆さんに一言言いたいのは、この2006年ファンフェスタを開催したことで、協賛企業は「損」をしたのかって言うこと。

 試算をしたわけではないが、あれだけの規模で多数のサポーターに喜んでもらった企業が「損」と考えるとは思えない。たしかに単年度での支出は「独占」より多大だったかも知れないが、少しの長い(と言っても4年単位くらい)スパンで考えれば、効果的かつ安いPRだったのではないか。

 聞くところによると、このファンフェスタはベッケンバウアーを中心としたドイツの推進委員会(2002年で言えばJAWOC)がなかば強引に推進したとのこと。そしてその意欲に、また企画の素晴らしさに企業が追随したとのこと。その過程、決済、実行、その全てがまさに「スポーツ文化」なのだと感じる。日本も早く成熟した「文化」を所持、自慢できる国になって欲しい。だって、あの2002年を経験しているのだから。ぶっ壊すのはジーコさんだけでもう充分。

 そんでは、また2010年に南アフリカ(できれば代替地希望)で。

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