最高のゲーム 世界編
70年W杯メキシコ大会予選リーグ ブラジルvsイングランド  

 このゲームを実際に観たのは、多分半年位後のことだろうか。メキシコまでいけるわけ のない中学生だった私にとっての情報源は、サッカーマガジンの動かない写真、そして報道だけだった。しかし、その半年のおかげで自分のサッカー知識は大幅に増えた。
 ダイヤモンドサッカーでそのゲームを観た時の最初の疑問は、何故イギリスなのに、G・ベスト やデニス・ローが出場していないのか、だった。
 ゲームは静かに始まった。そして間もなくサッカーマガジンの70年記念大会特集号に掲載されていたペレの地面にたたきつけるヘディング、G・バンクスの右手中指一本のス ーパーセーブが画面に映し出された。サッカーに接して間もない頃、サイドキックはこう やるんだ、と教えられていた頃、の私にとってあの基本に忠実なペレのヘディング、そしてバンクスのセーブが流れの中で起こることは、まさに奇跡だった。
 確かゲームはノース コアの引分けだったと記憶している。しかし、それまで野球ファンのオヤジが「サッカーは点が入らないからつまんない。」と言っていたのが、大きなミステークと認識した一戦だ った。

  このゲーム、たしか私はイングランドを応援した。場所がメキシコであること、大会前にキャプテンB・ムーアの子供(?)の誘拐騒動があったこと、後半ブラジルがなかなか ピッチに姿を現さなく、イングランドの選手が炎天下で、体育座りをして待ってたこと、 そんなこんなが判官贔屓となっていたのだろうか。
 が、逆に「国の威信」というものを始めて実感したゲームであったことも事実だった、と思う。

74年W杯西ドイツ大会決勝 西ドイツvsオランダ  

 クライフがすごい、という情報はもちろん伝わっていた。が、観たわけではない。その状況は4年前のメキシコ大会と同様であった。しかし、西ドイツは違う、ベッケンバウア ー、G・ミュラーという4年前からのスターが、そして72年欧州選手権のネッツアー、オベラートが、何人も動いている映像を観たことのある選手がいた。
 当時私は、背が思ったより伸びず、CBから右SBへの転向を余儀なくされた。その事情もあり、一番の注目は B・フォクツがいかにクライフを抑えるか、だった。

 その期待とともに、何と言っても「生中継」が心を躍らせた。しかもTVスタッフは、 あのダイヤモンドサッカーの二人である。こんなにドキドキしてキックオフを待ったゲームは生まれて始めてであった。

 ゲームはオランダのパス回しから、クライフのドリブル、そしてPKといきなりクライ マックスを向かえる。PK判定直後、カメラがドイツ観客の何とも言えない表情をアップでとらえたのが、20年以上経った今でも鮮烈に蘇る。ニースケンスがPKを決め、オランダリード。だが、西ドイツにアクティブな動きはでず、何か萎縮しているような感じがする。
 何故ネッツアーでないんだ!私は画面に向かって叫んだ。オベラーツの地味な左足ショートパスより、局面を一挙にかえてしまうネッツアーの大胆なロングパスが私は好きだっ た。  

 しかし、西ドイツは西ドイツだった。我がフォクツはその後完璧にクライフを抑えた、 マイヤーの奇跡的セーブも、ベッケンバウアーのコーチングも輝いた。そして一瞬の閃光 G・ミュラーの反転シュートは、サッカーに限らずスポーツをやっている者なら「奇跡」 であることは容易に想像できるだろう。
 その後PKでリードした西ドイツは逃げ込み体制に入る。オランダはあせってロングボ ールを入れ始める。そしてお決まりの終了ホイッスル。  

 オランダのトータルフットボールのすごさを実感したのは、それから半年以上後に観たブラジル戦まで待たなければいけなかった。

90年W杯イタリア大会3位決定戦 イタリアvsイングランド  

 W杯の3位決定戦ほど味気ない一流のゲームはない、と思う。S・ファイナルの激闘、 ファイナリストになれなかった虚脱感が、チームのみならずゲームを支配する。

 前回86 年のフランスは、あろうことか、その虚脱感を打破するためだろうか、「若手」中心のメン バーでこのゲームを行った。いや86年に限らず、70年以降のどのW杯も3位決定戦は つまらないゲームだった。
だから、私はこのゲームも全く期待せず、VTRに録画もしな かった。それが、後悔をよぶとは、この時微塵も感じていなかった。

 この大会、私の注目はACミラン3人衆のオランダ、いつも楽しいブラジル、そしてイ タリアだった。イタリアに対するマスコミの注目は、サンプのエース、ビアリ、若きスタ ーバッジョを始めとするオフェンス陣にあった。私は違った。ベルゴミ、バレージ、マルディーニ、フェレ、最後の砦にゼンガ、この華麗で強力なDF陣からどこが点をとれるのだろう。また彼ら自身が守りだけでなく、どう攻撃をビルドアップし、サポートするのだろう、そう考えただけでも楽しくてしょうがなかった。

 イタリアは期待に違わぬ進撃を続けた。ビアリの不調は新生スキラッチがカバー、ホームだからだろうか、いつもの1次リーグをもたもたしているイタリアではなく3連勝で突破。決勝トーナメントもウルグアイ、アイルランドを問題なく撃破しベスト4へ進出した。 が、そこにまちうけていたのは老獪なアルゼンチンだった。

 もう一つのS・ファイナルは西ドイツVSイングランド。我が夢のオランダを葬むった憎さもあったが、それは別としても西ドイツは「夢のチーム」ではなかった。ガスコインを中心に走ってつなぐイングランドサッカーのほうがずっと魅力的だった。

 私は当然イタリアvsイングランドのファイナルを希望した。が、皮肉にもこの組合せは3位決定戦という悲しい場面で実現した。

 話しを3位決定戦に戻そう。私はこのゲームがイタリア大会のベストマッチと考える。 タイトルはかからない、次の目標もない、W杯としては稀有な状況のこのゲームは、本来つまらないもので終わることは今までの歴史が証明している。が、今回はまるで違った。 ファールの少ない、しかし激しいバトルが行われた。
 相手の良さを消す、勝たなくても負けない、そんな言葉が似合う当大会(まさに決勝はそんなゲームだった。)で、このゲーム は自分の長所を存分に魅せた、これぞプロサッカーというゲームだった。

 終了後、両国選手が一緒にウェーブを行った。スポーツマンシップなどの陳腐な言葉が似合わない、勝ったイタリアも、破れたイングランドも満足のあふれる笑顔であったのは事実だった。

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