酔かと〜れ

tokiokas通信
2000年3月10日
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過酷な室内トレーニング

Jリーグ開幕を1ケ月後に控えた2月8日、トキオカスは神宮において新年第一回目の練習を行うはずだった。が、外は大雪、とてもサッカーができる状態ではなかった。
しかし、これで練習を中止するほどトキオカスはやわなチームではない。カントクの機転により、急遽スーパーな室内筋トレへと変更された。
ちなみに室内と居酒屋は同義語、筋トレとは肝臓を鍛える訓練のことを指す。レンタル中崎は練習場所がコートから居酒屋へ変更になったと決定した後、何故かスーツからジャージに着替え始めた。

「この格好のほうが飲みやすいんです!」バカである。

カントク、イタリアへ短期視察

かねてより、セリエBの某チームよりコーチ就任の要請があったカントクは、いやいやながらトレーニング施設を視察するためイタリアへ渡った。ミラノマルペンザ空港には、元カントクの弟子であったナカタ・ナナミを始め、ミラン代表ベルルスコーニやチョチョリーナ等多くの出迎えがあったらしい。
視察の成果(土産話とも言う)は、別の機会で。

激闘! 対日本学生選抜

Jリーグも後少しで開幕の3月7日、トキオカスは日本学生選抜と対戦し完勝した。あいかわらず集まりの悪いトキオカスメンバー5人で球蹴りをしているところに、「試合しませんかぁ〜」と軽い声。
ひよっこどもが我がトキオカスに声をかけるとは不届き千万、けちょんけちょんにしてやる、と思ったが我がチームはたった5人。技術では勝る?ものの体力が続かなく前半は大敗。
しかし徐々にメンバーが集まり出し得点差が縮まる。そして最後は相手が試合放棄をしてトキオカスの完勝となった。
ある筋の情報では、こっちの人数が集まってきたので相手が遠慮してコートを譲った、という噂もあるが、試合放棄は事実、ともかく新年第一戦を見事勝利で飾ったのである。

メンバー(最初の5人)カントク・菊田・及川・小林・関、それから永井・佐藤・羽田・小林康・石川と増えていった。ちなみに初出場の佐藤選手はGKとして非凡な才能をみせたが、やはり両足筋肉痛と手首捻挫でリタイアした。また、小林康の決定力不足とそれを補うつもりの言い訳はこの日も続いた。
また出産、引越しという人生の一大イベントを終えふっきれたのか、菊田選手が2点も獲ったのは特筆せる事柄である。(もっともその後アシがつってメロメロだったが)

 

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