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 6月26日 スウェーデンvsオランダ in Faro
 
「Faroの教訓」
 
LisbonからFaroへ
ホテルのプールでリゾート気分
オランダ!!
以上Estadio Algarve 3枚
ナイスゲームでご満悦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメントなす・・・

 

 

 

 

 

ついに完走?

 

 

◇はじめに

 LisbonからFaroへの交通手段は飛行機、電車、バスがあり、もちろん飛行機が一番楽ではあるが、金額、時間の効率を総合判断して僕らは事前にLisbon入りしていたTちゃんに切符を購入しておいてもらい、バスでFaroに向かった。
 
 話は変わるが、この旅のゲームのハイライトが「ポルトガルvsイングランド」であったのと同様に、オイラたちの珍道中の最上級「珍」はまさにこの日であった。以下に記載することは正確ではないかも知れないが、その場の雰囲気を表現するため適当にわかりやすい比喩を使用することを最初にお断りしておく。それでは、最上級「珍」道中に話を戻すこととしよう。


◇Faroという街

 Lisbonからバスで4時間のFaroは美しい街だった。というのも当然でここは欧州でも有数のリゾート地であり、ガイドブックによると魚が美味とのこと。オイラはゲーム後のムール貝やパエリアと冷やした白ワインを思い描きご満悦であった。但しリゾート地であるがゆえ交通手段等が貧弱なのも必然である。イメージとしては千葉の館山市位だろうか。(館山もFaroも人口は約5万人)その街にいきなり3万人のサポーターが訪れたわけである。
 またスタジアムである"ALGARVE"は今回の開催がFaroとLouleの2つの市の共催であるとおりで、両市から同じような距離、Faroの中心からはバスで20分位の場所に位置する。要は新潟駅とビッグスワンより、大分駅とビッグアイより遠く、仙台市と宮スタ位の距離感と思っていただければよい。


◇当日の行動〜ゲーム終了まで〜

 13:00過ぎにバスでFaroの中心地についたオイラたちは、まずはホテルにチャックインするためタクシーを拾った。今回のホテル"monaco"は中心街よりタクシーで5分程度の距離、街中でもホテルは確保できたが確保当時は翌日Portoまでの移動を飛行機でする予定だったため、飛行場の傍のホテルを確保したのである。ホテルでチェックイン後、さすがリゾートホテルだけあってプール付であるためプールでのんびり組(もちろんオイラはこっち)と街散策組に分かれ行動し、18:00に街の中心部で待ち合わせスタジアムへ向かう。もちろん街中はオレンジと黄色が入り乱れ(両国ともデカいのなんのって)大騒ぎといういつもの光景。スタジアムへは送迎バス(往復5ユーロ)で呉越同舟で行った。

ゲームはスコアレスドローなのに凄かった。面白かったというより凄かった。さらにオイラたちはPKを行った側のゴール裏だったためPKの迫力も凄かった。オランダ贔屓のTちゃん(でも何故かスウェーデンのTシャツを着ていた)はじめ、みんなご満悦だった。ここまでは・・・。

 

勝った瞬間! 大喜びのオランダ


◇当日の行動〜ゲーム終了後〜

 しびれるゲーム観戦ではあったが、明日は7:00のバスでLisbon経由でPortoまで移動しなくてはいけないため、オイラたちは早めに(と言ってもPK後だから23:00近かったが)街中に戻ろうとした。ラッキーなことにスタジアムのすぐ外側にFaro行のバスが停車しており、多分23:30前にはFaroに到着したと思う。街はまだスタジアムから帰って来た人があまり多くはなく、”芋を洗う”ほどの混雑ではなかったが、繰り返すが明日が早く、かつ延長PKで時間が遅くなったため、オイラたちは豪華な夕食をあきらめて食材をtake outしてホテルに戻ろうとした。しかしタクシーが全くつかまらない。まあ、街中のホテルか少し高くなってもオイラたちの宿泊しているホテルからタクシーをまわしてもらえばいい、とこの時点ではまだ軽く考えていた。ただ小さな街なので早く食材を確保しなければなくなってしまうかも、という恐れがあり、ともかく空いている店を探した。普段はのうのうとしているが、食うことに関してのオイラの行動はロペンのようにすばやい。take outが可能な1件のcafeと中華料理屋を速攻で探し出し、みんなと相談した結果、後1時間もすればスタジアムに行っているタクシーも帰ってくるだろうと想像し、中華屋でメシを食うこととした。

 のんびりとメシを食ってビールを飲んでいる最中にも、多くのスタジアム帰りの人たちが店に入ってくる。遂には店は「ノービーフ、ノーライス、ノービール」になってしまう。ちょうど良い頃合なので会計をすると何と5人で37ユーロ!出掛けにwowowで活躍中の川岸くんに会ったが、あまりの安さに店が会計を間違えているのだと思い、挨拶もそこそこに店を離れる。こういう時のオイラの行動はイブラヒモビッチ以上にミラクルなのだ。ちなみにここの料理はやきそばもチャーハンも海老のチリソースもみんな同じ味だった。


◇Faroの教訓

 さあ、ハラもよくなったし、さっさとタクシーで帰って寝よう、と思ったがタクシーがいない。宿泊しているホテルにtelして手配してもらおうと思ったが、ホテルでは不可能だという。そういえば、路上にはスタジアム帰りの人がわんさかいる。オレンジ色が多い(もしくは目立つ)ため、メシ前には単純に路上で余韻に浸っているのだと勝手に思っていたが、彼らもタクシーを捜しているようだ。

 今日は3万人が集結する日である。タクシーにとっても稼ぎ時だ。なのに何でこんなにタクシーがいないのか?この時点でさえオイラは状況の深刻さに気が付いていなかった。こうなりゃ、悲しくか弱い日本人を演じてポリスに何とかしてもらおうと思い、
 「タクシーはいないの?何とかなんないの?オイラたち、ホテルモナコまで帰らなくてはいけないんです。はい。」
とポリスに哀願する。するとポリスが驚くべく回答をよこした。
 「タクシーをつまかえる前に朝になってしまうよ。これだけの人たちが待っているし、そもそもFaroにタクシーなんていないんだよ。モナコなら歩いて帰れば?30分で着くよ。」

 はぁー・・・・・・・・・・・・・・・・。

 つまりこうゆうことだ。街中とスタジアム間の輸送に関しては、臨時バス等を手配して何とか3万人を輸送する手段を講じたが、街中からホテルに関しての輸送対策は一切講じていないのだ。

簡単に言えば、タクシーなんてものはこのマチにほとんど存在しないのだ。

 考えてみれば、「館山」で3万人を一挙に輸送する手段を常備していたら、それは無駄というもの。普段はそんなにお客はいないし、第一リゾート地であるがゆえ、クルマで来る人が多いのだし。しかし、このeuroという特別な日においても、Faroは臨時の輸送対策を一切講じていないのだ。よって、電車もバスもない深夜にホテルに帰れない人たちが大量に発生するのは必然だったのだ。

 なんだ!こりゃぁぁぁぁ・・・・・・・・。

 夜行列車や朝1番のバスで他の都市へ行くためにもともと街で夜明かししようと計画していた人たちはいい。100歩譲ってオイラたちのように、何とか歩ける距離にホテルがある奴もまだ増しだ。しかし、「館山」がFaroだとして、岩井や木更津の安ホテルに宿泊している人も多数いるはずだ。彼らはチェックインしているなら、ホテルに戻らなければならない。また当然それなりのお金を払い、ベッドで寝られることを念頭に置いてここにいる。帰れなければ肉体的、精神的ダメージは計り知れない大きさだ。

 一体、このヴェニューはなんなんだぁ・・・・・・。

 結局、オイラたちは30分ならばと考え、先ほどのポリスに道を聞いた。だが、あの家を左で、あっちの家を右で、とか確かに近道なんだろうが、まったく要領を得ない。その時、Tちゃんが「道なら多分わかりますよ。」と言うのでTちゃんを信じて、歩いて帰ることに決めた。でも、なんでこんなことにならなきゃいけないのさ。


◇Faroの八甲田山?

 そしてオイラたちは歩き始める。Tちゃんの知っている道はホテルからタクシーで来た道であり、ポリスの言った近道とは異なる、すなわち30分以上の距離があることは明白であり、タクシーでの何となくの感覚では多分1時間程度の距離であろうと思う。

 進軍?は、まだ多数のサポーターがたむろしている街中を抜け、幹線道路沿いに入る。そこでも、まだ数人のサポーターがタクシーにトライしている。幹線道路を歩き続ける。Tちゃんももちろん100%の道を把握しているわけでなく、多分こっちの方向だ程度なので、ホテルまで後どの位で到着するのかは誰にも確信はない。ひょっとしたら1時間なんて距離じゃ着かないかも知れない不安がよぎる。

 歩いている途中、ポリスのクルマが通る。多分地元民と思えるクルマがクラクションを鳴らして走り去る。遂にはシゴトを終えたボランティアのクルマもオイラたちの脇をすりぬける。そして誰も東洋人5人(しかも一応2名は女性だ)という変な団体が、本来歩くべき場所でない所を歩いていても、それだけで事情は充分察するはずなのに、話しかけようとも助けようともしない。

 ファーロ・・・、プータ。プータ、ファーロ!!!

 オイラは大声で叫んだ。だんだん、この街のホスピタリティに怒りが増加してきたのだ。こんなことになるのは、事前に充分わかっていたはずなのに、何の対策もしなかったFaro市、ポリス、困っている人を見て見ぬふりをするボランティア、地元民。こいつらアホ以下だ。euroのような大きな大会を開催する資格なんて1%もない奴らだ。最悪なのは、こんな事態が予想できたのに街から遠い距離のホテルに外国人を宿泊させて平然としているFaro市だ。そりゃ宮城だって大分だって交通便は悪かったが、またやり方に誤りもあったかも知れないが、それでも何とか努力して、行政も市民も何とか楽しんでもらおうとしていた。ここにはその気配がない。最低な街である。
 (ちなみに「プータ」とはポルトガル語で最大の侮辱語らしい。マリーシアのIくんによると、このコトバをウィルに投げたら本気で怒っていたとのこと。)

 「えだっち。あの旗をひきちぎろうゼ!」
街灯にたれさがっている"euro2004 faro"という旗を指差してオイラは言った。だが、手の届く距離にそれはなく、また無理して破くのも時間と体力の無駄になるため断念。オイラたちはうつむきかげんに道路を歩き続ける。

 小1時間歩いただろうか、ホテルアイビスの看板が目に入る。たしかこのホテルからは近いはずだ。やっとオイラたちの顔に生気が戻り始める。しばらくしてホテルモナコの看板が行く手に輝やいているのを発見した。そして、遂にホテル到着。時間は深夜3:00前。結果として歩いて帰って来たのは正解だったが、何か割り切れない気分。しかし明日は6:00起きだ。文句を考えるひまもなく爆睡の夜だった。

 Faroの教訓:小さなマチではホテルは街中。プールがあっても惑わされるな。

 

   

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